MYSCON8 - 新本格誕生二〇周年記念企画 犯人当て小説『ザ・ラスト・トリック』問題編 ■シーン1 麻闇由汰と笹木真澄、山荘に到着すること  運転席のリクライニングにもたれながら、カーラジオから流れる悠長なポップソングに耳を傾ける。車の外では笹木先輩が、いつもの調子でノホホンと喋っている。 「ハイ? えっと、ああ、見えました見えました! 手を振ってるの見えます! 赤い三角屋根のおうちですね? 今、シェーしてますよね。シェー! あ、違います手が逆さです。左手が上」  秋の陽は、とっくの昔に西の空へと沈んでいた。笹木先輩の台詞に、俺は心の底から安堵する。こんなに奥深い、民家どころか対向車も見かけない山の中で車中泊なんて……あ、いやいや、笹木先輩と一緒なら、むしろ大歓迎じゃんか。しまった、失敗した!  笹木先輩が戻ってきて、助手席のドアを開ける。 「麻闇くーん、やっとわかったよー。やっぱり、さっきの分かれ道だわー。あーもう、私ったら、バカバカバカ」  乗り込んでくるのと同時に、レンタルの軽自動車両がユサッと揺れる。と同時に、笹木先輩のしかるべき場所もユサッと揺れて、思わずハニャーン。少しズレた眼鏡の向こうから、日向ぼっこ中の猫みたいな目が覗く。いやいやいや、構わないっすよ。全然構わないっす。いつも通りの軽口を叩きながら、俺は車のエンジンをかけた。  こんな北関東の端っこまで、凍え死にしそうな寒空の下を遥々やってきたのは、他でもない。我らがK大学のOB、江戸釜乱歩(えどがま・らんぽ)大先輩に召集されたからだ。『えどがわ』じゃねえぞ、『えどがま』だ。これが本名だってんだから驚く。職業は推理作家――ではなくて、某大手出版の編集者。かなり忙しいはずなのだが、部室には頻繁に顔を出す。その日の昼も、江戸釜先輩は部室に来ていて、ものすごい勢いで弁当をかきこむと、薄気味悪い笑みを浮かべながら、俺に声をかけてきた。ほっぺには大量のご飯粒が。子供かよ。 「ごにょごにょごにょーん。麻闇くん、いきなりだけど再来月に、ミステリファンの集いをやるからね。濃ゆーいミステリマニアばかりで山荘に一泊して、誰が殺したとか、凶器はなんだとか、しみじみと話し合うんだよー。君、参加決定だから、よろぴくね♪」  ちょっと待てや、勝手に決めんじゃねーよ。だいたい、顔も知らない奴らと、いきなりそんなこと話したって、楽しいわけねぇじゃん。行かねぇぞ、ゼッテー行かねぇ――ってなことを、仮にも相手は大先輩ということで、二重三重のオブラートに包みながらやんわりとお伝えする。すると、 「そう? うーん、困ったにゃー。そうなると、現役推理研の参加者は、笹木さんだけってことになっちゃうにゃー。うーん、他に誰か、いーなーいーきゃーなー」  江戸釜先輩の首をガシッとつかんで、無理やりにこちらを向かせる。 「誰が行かないなんて言いましたか。行きます行きます、ゼッテー行きます!」  大学進学と同時にひとり暮らしを始め、期待と不安で情緒不安定になっていた俺は、キャンパスで優しい声をかけてくれた笹木真澄(ささき・ますみ)先輩の魅力に、それこそ一発でやられちまっていた。優しい声というのは、結局は推理研の勧誘だったんだけど、そんなことは眼中にないくらいに、もうメロンメロンなわけよ。一念発起して、夏休みの合宿で普通免許をゲット。今はこうして、二人っきりのドライブを満喫できているわけだから、江戸釜先輩にもちょっとは感謝しないとな。  そんな夢のような時間も、残念ながら終わりが近づく。長い上り坂が続いたかと思うと、急に左右に緑がワアッと開けて、そこにでっかい山荘が現れた。三角屋根の赤が月明かりに照らされて、幻想的な雰囲気を醸し出している。笹木先輩が目を丸くして、「すごーい! ドイツの童話みたーい!」とはしゃぎ声をあげる。たしかにこれは、個人の別荘というレベルじゃないぞ。どうなってるんだ、いったい。  車を駐めて、外に出る。トランクに回ってふたり分の荷物を担ぎ出していると、ちょうど玄関の扉が開いて、珍妙な構えをした男が接近してきた。あ、江戸釜先輩だ。あんな『シェー』の格好のまま歩いてくる人間なんて、他にいない。おや? 後ろにもう一人いるようだ――おお! 美人だ! それも北欧系色白美人! 「ごにょごにょごにょーん。ウェルカム、鳳明荘(ほうめいそう)! やあやあ、大変だったねぇ。ここって、他の別荘地とはちょっと離れた場所にあるもんだから、迷う人が多いなりよー。かくいう吾輩も」 「はじめまして! 俺、K大学一回生の麻闇由汰(まやみ・ゆた)ッス! 推理小説研究会所属、会員番号は195番です! いつも江戸釜先輩をお世話してます! いきなりですけど、好きな作家とかお聞きしてもいいっすか?」  北欧美人がクスリと笑った。 「私は、栖川亜里砂(すがわ・ありさ)。ここは寒いから、そういうお話は中に入ってからにしましょう?」  イエッサー! かくして俺と笹木先輩のふたりは、鳳明荘へと足を踏み入れた。無視された格好の江戸釜先輩は、しかし気分を害した様子もなく、まだベラベラと喋り続けている。 「君たちは知らんと思うけど、この栖川さんも、我々と同じK大推理研の出身でありんすよ。吾輩のひとつ下で、初の女性会長だったなりね。今はなんとお医者さんなのだ。この鳳明荘は、元はペンションだったんだけど、今年の夏前に栖川さんが買い取って、個人用の別荘として使っているわけねー。だからお風呂が離れにあったりして、この時期は昼間だと紅葉とか見れて綺麗なんだけど、夜は真っ暗だから不便なんだなー。それと、別荘の契約をするときに、消費電力設定を下げすぎちゃったらしくて、熱系の電化製品をいっぺんに使うとブレーカーがバチンと落ちちゃうそうだから、気をつけるにょろよ?」  そうこうしているうちに、リビングに到着。暖房のおかげでヌックヌクだ。ソファセットに大型テレビ。フカフカの絨毯に、光り輝くシャンデリア。壁にはミレーの『種まく人』――の、ジグソーパズルが飾られている。ソファに囲まれたローテーブルの上に一枚の紙が置かれていた。この別荘の見取り図らしかった。 「はいはーい、先生に注目だにょー。君らの部屋は二階の、ここと、ここね。七時から夕食だから、それまでに食堂に集まってちょーだいな。推理小説の話は、夕食の後ね」  なにかお手伝いできることないですか? 笹木先輩が小さく手を挙げて質問する。 「いい子だねー、花丸をあげちゃう。エートね、さっき天気予報を観たら、今晩はすっごい嵐になるって言ってたから、窓が全部閉まってるか、二人で確認してくれるかにゃー?」  見取り図の紙面には、余白に風呂の順番まで書かれていた。家主を差し置いて、江戸釜先輩が一番風呂になっている。江戸釜先輩は少しでもアルコールが入ると、身体が鉄になったみたいに腰が重くなるのだ。だからお風呂は最初に済ませて、それからしこたま酒を飲もうって魂胆だろう。  さらに順番を追う。俺は最後から三番目。その次が――宇多田――彰吾。えっ? 彰吾? 彰吾だって? あの彰吾がここに来てるのか? ということは、まさか――視線をさらに下へと動かす。そこには、俺が心の底から恐れている名前が記されていた。  みずき。平仮名で三文字、みずき。み・ず・き。  頭の中で、赤いサイレンが猛烈な勢いで回り出す。これはヤバイ。絶対にヤバイ。なにか行動に出なければ、きっと手遅れになるぞ。そう確信して一歩を踏み出したそのとき、リビングの奥にあった扉が開いて、そいつが姿を現した。黒のワンピースにゆったりとしたフレアスカート。おかっぱ頭に白く透けた肌。  笹木先輩がその顔を見て、「アーッ!」と大きな声をあげた。 「水樹ちゃんだ! 水樹ちゃんだ、水樹ちゃんだ! ナニ、もうビックリ! やだやだやだやだ、江戸釜先輩ったら、教えてくれればいいのにー。もー、ポカポカポカ」  笹木先輩が江戸釜先輩をグーで殴ってる間、俺は血の気が失せて、今にもその場に倒れてしまいそうだった。このまま回れ右をして、そのまま玄関を出て、車に乗り込んで、山を下りて、アパートに着いたら布団を敷いて、毛布をひっかぶって眠ってしまいたい。いや、そうしよう。今からきっとでも遅くない。帰ろう。帰るんだ。  回れ右をした俺の襟首を、笹木先輩がつかんだ。思いもよらない強い力で引き戻されると、水樹の前に押し出される。 「水樹ちゃん、ほらほら、麻闇くんだよ。よかったねー。 今夜は一緒に、たくさんミステリの話しようね。ワーイ、やったやった!」  歓声をあげながらグルグルと踊り狂う笹木先輩をよそに、その女、虹村水樹は首を斜めに傾けて、眉の上で切りそろえた黒髪の下から覗く、大きな瞳で俺を睨んだ。そして、唇を左右にめいっぱい引いて、「ニイッ」と笑った。  俺は吐き気を堪えながら、声にならない悲鳴をあげた。タ・ス・ケ・テ・ク・レ。 ■ シーン2 連続殺人鬼の話題と、招かれざる客のこと  予定の七時まではまだ十分くらいあったけれど、全員が集まってきたので、始めてしまうことになった。江戸釜先輩の号令で、ビールと烏龍茶で乾杯。リビングもそうだけど、元ペンションというだけあって、食堂は結構広い。用意された栖川さんの手料理もかなり豪勢で、胃袋を刺激する。あらためて自己紹介をすることになり、いちばん最後に、長身の男が頭を下げた。 「宇多田彰吾(うただ・しょうご)です。ここにいる水樹の兄です。年が離れているんで、よく父親に間違われるんだけど、まだギリギリ二十代ですからね。仕事はフリーのカメラマン。江戸釜さんとは仕事で付き合いがあって、声をかけてもらいました。今日はよろしく」  ライオンみたいなヘアースタイルと、浅黒く焼けた肌。如何にもスポーツマンといった風貌だ。去年の冬に某資産家の令嬢と結婚、婿入りしやがったそうで、薬指には立派な指輪が嵌まっている。いずれは義父の会社を継ぐことになるんだろう。好感の持てるヤツには違いないが、俺はしかし、こいつのことが死ぬほど嫌いだった。ほどほどに丁寧で、ほどほどにくだけていて、周囲にはいつも爽やかな笑顔を振りまく常識人。クソ! むかつく! 死ねばいいんだ!  その彰吾の妹――虹村水樹(にじむら・みずき)は、先ほどから俺の顔をじっと見つめていた。視線が合わないよう必死に顔を逸らす。降り始めたのか、窓の外から微かに雨音が聞こえる。 「なんか、こんな雰囲気のある山荘だと、そのうち本物の殺人鬼とか現れちゃいそうですよね……って、キャー! この台詞、いっぺん言ってみたかったんだ! 普通の人たちとの旅行でこんなこと言ったら、おかしな娘だと思われちゃうもんね。やっと言えたよー。人生の宿題、ひとつクリア!」  そういう宿題はいくつあるんですか、笹木先輩。しかし実際のところ、食事中の話題はやれシャム双生児だの、インディアン人形だの、チャカポコチャカポコだの、一般人にはまず理解できない単語が次々に飛び交うものだった。チキンを丸ごと飲みこんだ江戸釜先輩が、口を膨らませながら二個目のチキンに手をかけて、さらに喋る。 「そういえば、あれも長いこと未解決だにゃー。ホラ、あの、メッセンジャー殺人! 現場に残された平仮名と数字が意味するものとは? 犯人は一体、私たちに何を伝えようとしているのだろうか! 待て、次号!」  次号、なかなか出ませんね、と彰吾が笑う。 「そうだにゃー。もう前の事件から、二ヶ月以上も経つんだけどにゃー。被害者が増えて欲しいってわけじゃないし、そんな不謹慎なことは言っちゃ駄目なんだけれども、でもでも、やっぱり続きが気になるのだー」  いいんですよ、と笹木先輩が声を合わせる。 「今日はミステリが大、大、大好きな人たちの集まりなんですもん! 不謹慎全面解禁でいきましょう! そうだ、次の事件がいつになるか、ちょっと推理してみませんか? 最初の事件っていつでしたっけ、もう一年経ってます?」 「まだですね。あの日はたしか祝日で……そうそう、天皇誕生日っす。 俺、そんときちょうど入院してて、ベッドでテレビばっか観てたんすよ。皇室関係の番組が多かったんで、覚えてます」  メッセンジャー。この一年、関東一円を大いに騒がせている謎の連続殺人鬼のことを、マスコミはそう呼んでいる。通り名の由来は、殺人現場に残されるふたつのメッセージ。ひとつは数字、もうひとつは平仮名。既に三人の被害者が出ている。  最初の事件がニュースに流れたとき、詳しいことは何も報道されなかった。ただ、現場の公園が俺のアパートから二駅先のところだったので、ちょっと驚いた。第二の事件は、報道はされたのだろうが、県外のことだったし、最初の事件と関連があるとはこれっぽっちも思わなかったから、完全に聞き流していた。そして二ヶ月前に第三の事件が起き、その一週間後に某女性週刊誌がすっぱ抜いたスクープ記事が世間の関心に火を着ける。  『謎の無差別連続殺人!』  『シリアルキラーが東京に潜伏?』  『殺人鬼“メッセンジャー”は何を伝えようとしているのか?』  一連の出来事は当然、推理研内でも大きな話題を呼び、江戸釜先輩などは、推理研のOBで警察関係者だとかいう人に電話までして、詳細を聞き出そうとする始末だった。以下に、現在までにわかっていることを簡単にまとめてみる。  最初の犠牲者は、鷹田武文(たかだ・たけふみ)、三十二歳。会社員。公園の植え込みに倒れているのを、散歩途中の老人が発見した。死因は、背中と胸部を鋭利な刃物で刺されたことによる出血死。通勤のため公園を横切ろうとしたところを襲われたものと推測される。  一般的な通り魔殺人と異なっていたのは、被害者の懐にあった財布にまったく手がつけられていなかったことと、現場に何枚もの紙が落ちていたことだった。被害者が所有していたメモ帳を破り取ったもので、すべての紙にアラビア数字で「1」と読める文字が書かれていた。さらには、背広の胸ポケットからはクシャクシャに丸めた紙が発見されている。これも同じメモ帳から破り取ったもので、平仮名の「た」という文字が残されていた。  第二の犠牲者は、鮎樫鉄也(あゆかし・てつや)。中学校の数学教師で、四十七歳。殺害現場は自宅の玄関。被害者は以前から日曜大工を趣味としており、その日は土間でペンキ塗りをしていた。犯人はこれを利用し、赤いペンキで玄関の引き戸にアラビア数字の「2」と読める文字を描いた。さらに黒電話の横にあったメモ用紙を破り、平仮名で二文字、「たし」と書いて被害者のスラックスに差し入れている。一緒に住んでいた母親は高齢のためか耳が遠く、来客の応対に出た息子が殺されたことにはまったく気づかなかったそうだ。  第三の犠牲者は、横見路青史(よこみろ・せいし)。進学校に通う高校二年生。河原にかかる橋の袂に倒れて死んでいるのを、新聞配達員が発見した。現場には割れた瓶の破片で、アラビア数字の「3」が作られていた。これまでの被害者同様、学生鞄の中にあったノートが破り取られ、筆箱の中のシャーペンで「たしろ」という三文字が書き残された。  犯人の遺留品はゼロだったが、遺体に残されたナイフの傷痕が三件とも一致したため、警察は同一犯による犯行と断定した。現場付近では似たような背格好の不審者が目撃されている。被害者の共通性は皆無であることから、警察は無差別殺人の方向で捜査を進めているようだ。  マスコミはこの連続殺人事件に、警察とは違う色を塗りつけた。現場に残されたメモは、犯人が世間に向けて発信しようとした『メッセージ』に違いない。きっとそうだ。絶対にそうだ。そうでないと困っちゃう。  殺人鬼は我々にどんな『メッセージ』を伝えようとしているのか? そういうマスコミの扇動に踊らされるのは正直、癪だったけど、俺たちは結局ミステリ好きで、こういうネタに食いつかずにはいられないんだよね。 「なによりも」と、彰吾がグラスを傾けながら言った。 「平仮名のメモ、あれがちょっと、心惹かれるよなあ。あれって、被害者の名字の、最後の一文字をつなげてあるんですよね?」 「そうだにゃー。『たかだ』の『た』、『あゆかし』の『し』、『よこみろ』の『ろ』で、『たしろ』だにゃー。ただ、それに何の意味があるのかってことになると、もうチンプンカンにょろよー。犯人の名前が『田代』でした、なんてのじゃ全然つまんないし、吾輩はアレ、ただのひっかけで、メモには別の意味があると睨んでるぞよー」  江戸釜先輩がそう応じたものの、それでは『メッセージ』の意味はなにか、次の犯行はいつか、被害者は誰かとなると、素人探偵たちは途端に沈黙してしまう。俺は意を決して、笹木先輩に声をかけた。 「先輩、ヤバイっすよ。ほら、被害者の鮎樫さんとか横見路さんって、名前が推理作家と一文字違いじゃないですか。佐々木丸美だってミステリ書いてますし、狙われちゃうかもしれませんよ。だから……今夜は、俺が付きっきりでガードを!」 「ですって、江戸釜先輩。麻闇くん、先輩のこと一晩中ガードしてくれるそうですよー」 「ウッハハーイ! 麻闇くん、よ・ろ・ぴ・く・ね♪」  すいません間違いです勘違いですジョークです無理です。凹んでいる俺を横目に、笹木先輩が「むふふ」と微笑んだ。  うーむ、なんかコレ、結構楽しいな。食事を終えたとき、俺はそんなことを思い始めていた。みんな、読書歴が長くて視野も広く、理解力も半端じゃない。まさに打てば響くという感じで、何度も再読しなければ気づかないようなことも、たくさん教えてもらった。  リビングでノンビリしようということになり、余った料理や飲み物を運び込む。そこに、『リン、ゴーン』と高級そうなベルの音が鳴った。栖川さんが怪訝そうな顔で玄関へ。江戸釜先輩に「まだ誰か来るんですか?」と訊ねてみたが、先輩はプルプルと首を振って否定した。はて?  と、そこで、笹木先輩が俺の服を引っ張った。 「ねえねえ、麻闇くん。水樹ちゃんが、ちょっと気分が悪いんだって」  本能的に身構えてしまったが、笹木先輩の後ろに弱々しく立っている水樹は、生白い顔をうつむけて、本当に具合が悪そうだった。水樹の右手がスッと伸びて、俺の腕をつかんだ。「ヒッ」と悲鳴が漏れそうになるのを必死でこらえる。 「きっと、疲れが出ちゃったんだね。横になったほうがいいよー。部屋、戻ろうか? 麻闇くん、一緒に行ってくれる?」  俺が返答に窮していると、ソファに座っていた彰吾が、大型テレビの電源を入れた。見覚えのあるキャスターがブラウン管に登場する。 『このほどK県警は、既に三名の犠牲者を出している、通称「メッセンジャー」殺人について、第四の犠牲者を発表しました。詳しくはCMの後』  江戸釜先輩が「ほー、噂をすれば、影の軍団だにゃー」と感嘆の声をあげた。  ほぼ同タイミングに玄関側の扉が開いて、栖川さんが戻ってきた。その背後には新顔が続く。小柄な男性だ。唇を真っ青にして、寒そうに震えている。栖川さんが紹介してくれた。 「こちらは、お隣の別荘のご主人で、浦駕さん。山を下りようとして、途中でガソリンが切れてしまったそうです。お隣と言っても、車で十五分くらいかかりますけど」  続いて浦駕さんがボソボソと喋る。 「ど、どうも……いきなりお邪魔してしまって、すいません。私、浦駕和白(うらが・かずしろ)と申します……うっ、うっ、あの、その、本当にすいません……」  今にも死にそうな勢いだ。早くこっちに来るにゃー、と江戸釜先輩が声をかける。 「ほらほら、ここ、空けますにゃー。ファンヒーターの前に、どうぞどうぞ。あ、私、江戸釜乱歩と申します。以後、お見知りおきをばー」  すみませんすみませんと何度も頭を下げながら、浦駕さんがヒーターに近づく。それに気づいた彰吾が慌てて腰を上げた。 「僕は宇多田彰吾と言います。今日は、なんていうか、推理小説ファンの集まりみたいなものでして。えっと、あそこに立っているのがK大の学生さんで、笹木真澄さんと、麻闇由汰くん。横のおかっぱ頭が、妹の水樹」  俺は、はじめまして、と軽く頭を下げる。笹木先輩も軽くお辞儀してから、思い切った口調で言った。 「あの、すみません、ちょっと、水樹ちゃん、本当に体調悪いみたいなんで……部屋に戻ったほうがいいみたいです」  栖川さんが「それは大変」と声をあげ、具合を看ましょうかと申し出たのだが、水樹はそれを無言で断り、笹木先輩の肩を借りながら奥の扉へと消えていった。心配そうな顔でふたりを見送る須川さんに、彰吾が「余分なガソリンはあるんですか?」と訊ねる。栖川さんは口許を右手で覆いながら、「物置のタンクを確認してみますが、もし余っていないようなら、他の車からわけてあげないといけませんね」と答えた。 「ごにょごにょごにょーん。浦駕さん浦駕さん、メッセンジャー事件は知っているでありますか? 今さっき、第四の犠牲者が出たのでありますよー」 「そ、そうですか」と弱々しく応える浦駕さん。その顔を覗き込んだ栖川さん、急に凛とした声になって、「浦駕さん、お風呂に入りましょうか」 「え、いや、あの……私は、ガソリンをわけていただければ、もう、それだけで……」 「ダメです。これは医師としての命令です。いますぐ!」 「で、でも、早く帰らないと、妻が怒るんです。怒ると怖いんですよ。すっごく怖いんです。この間なんか、妻が飼ってる金魚の餌をやり忘れたら、夕食のとき、僕のおかずに金魚の餌が出てきて……うっ、うっ、うっ」  泣き出した浦駕さんを無理やり引っ張ると、栖川さんは風のように去っていった。  江戸釜先輩と彰吾はCM明けのニュースの続報に見入っている。ボンヤリと立ち尽くしていた俺は、我に返って、ソファに座ろうと一歩を踏み出した。がしかし、見えない何かが俺の行く手を阻む。回れ右をして奥の扉から廊下に出ると、自然と小走りになった。 「あ、麻闇くん、どうしたのー?」  すぐに追いつく。水樹が今まさに、個室に入ろうとしているところだ。 「いや、ま、大丈夫かなって思ったんすよ」  そう応えながらも心の中では、ハテ、自分はここに何をしに来たんだろう、と首を傾げていた。メッセンジャー事件の最新ニュースのほうが、よっぽど大事なはずなのに。  振り返った水樹は、大きな黒い瞳でこっちを見つめていたかと思うと、こいこい、と小さく手招きをした。俺が歩み寄ると、右手で小さなメガホンを作り、口許に当てた。内緒話でもするつもりか。拒否しようかとも思ったが、それはそれで後が怖い。俺は腰を落として、耳を水樹のメガホンに近づける。  次の瞬間、湿り気のあるなにかが、俺の頬に押し当てられた。ドアがバタンと閉じ、ガチャリ、と鍵が締まる音。俺は間抜けな姿勢のままで凍りついた。視線だけ横に向けると、笹木先輩が、両手を口許にあてて頬を真っ赤にしている。なんだ? なんだなんだなんだなんだ? 今、なにがあったんだ?  混乱している俺の首筋に、今度は笹木先輩の両腕が絡みついてくる。先輩は俺にヘッドロックを決めながら、キャー、キャーと甲高い悲鳴をあげる。柔らかな膨らみが素敵に圧迫してくる。こ、こ、これが噂に聞く、安楽死というものか。  ダダダダダッ、ゴツーン!  そのまま引きずられて、正面の壁へと強烈に打ちつけられた。俺は呻き声をあげて、冷たい廊下に倒れ込む。 「チューした! チューした! チューチューチュチュー、おやすみのチューだ!」  飛び跳ねながらリビングのほうへ駆けていく笹木先輩。俺は勢いよく立ち上がると、全速力でその後を追った。 ■ シーン3 麻闇が買い出しから戻り、停電騒ぎが起きること  冗談じゃねえ。俺は車の中で毒づいた。冗談じゃねえよ。  フロントガラスの向こうは、叩きつけるような雨と風。暗闇プラス山道プラス暴風雨で、若葉マークの俺にはかなり危険な状況だが、心のなかの混乱に比べればまだマシだった。  水樹の不意打ちと、笹木先輩の素敵アタックからようやく我に返った俺は、すぐにリビングに引き返した。幸いなことに、笹木先輩は直前に目撃した出来事を誰にも話していなかった。しかし、目はランランと輝き、今にも頭から湯気を噴き出しそうにしている。これは間違いなく誤解されている。しかもこちらの弁解は「聞く耳持ちません」モードだ。  程なくして栖川さんが戻ってきた。物置を探したが、予備のガソリンは残ってなかったそうだ。俺は、なんでもいいから言い訳を考える時間が欲しくて、ガソリンの補給役に飛びついた。  虹村水樹。  見た目は中学生みたいだが、れっきとした三回生で、俺よりふたつ年上だ。ただし、初めて顔を会わせたのは大学でじゃない、もっとずっと昔、恐らくは赤ん坊の頃だ。  水樹は、隣の家に住んでいる幼なじみだった。もっと言うなら、いたずらっ子で、いじめっ子で、専制君主で、幼い俺に非道の限りを尽くした、最低最悪の鬼畜少女だった。  本当に嫌なことばかり思い出す。襟首からゴキブリを入れられ、お菓子だと騙されて蛙の卵を食わされ、こっそり自転車のブレーキを壊されて川に突っ込んだ。見た目は如何にも病弱そうでおしとやかな感じなのに、俺をいたぶるときは信じられないくらいの馬鹿力を発揮した。その天才的な頭脳は常に、邪悪な企みを遂行するためだけに使われた。誰も、アイツのそんな一面に気づいてなかった。そう、被害者たる俺以外は。  特にあの兄貴、当時の虹村彰吾が、人畜無害っつうかお人好しっつうか、ただのバカっつうか、妹の悪戯のことを「ちょっとしたオチャメ」くらいにしか思っていなかったもんだから、俺がいくらアイツの極悪非道ぶりを訴えても、その声は脚色され、歪曲され、改竄され、大人たちの耳に届くことはなかった。  小学二年生の時、学校の裏山で、裸に剥かれて木の幹に縛りつけられたまま、一晩放置されたこともある。三頭もの野犬が素っ裸の俺を取り囲んで、幼かった俺はそのときはじめて「死」を意識した。もちろん、犯人は水樹だ。それなのにあのバカ兄貴は、俺の両親の前で、やったのはボクです、なんて頭を下げやがった。日頃の行いが良くて、それで「反省しているようだし」と許されてしまうことを、計算もせずにやってのける。それが彰吾という野郎なのだ。  ああ、思い出しても腹が立つ! あのクソヤロウ! エセヒューマニストめ!  幸いなことに、俺は小学四年生になると同時に、両親の仕事の都合で県外へと引っ越すことになった。それからの日々は平穏そのもので、やがて俺の中で、アイツの存在はすっかり過去のものとなっていった。だから、大学入学をきっかけに一人暮らしを始め、昔住んでいた町の近くでアパートを借りたときも、水樹と再会するなんてこれっぽっちも考えていなかったんだ。  今年の四月、推理研に入部して意気揚々としていた俺は、新歓コンパの帰り道、何者かに背後から突き飛ばされて、溝に落ち、右足を骨折した。そしてそこへ、アイツが見舞いに訪れた。  大きな花束を両手に抱え、黒づくめの格好で病室に現れたアイツは、まるで時間が止まったみたいに、十年前とおんなじ、幼い顔立ちのままだった。身長もだって大差ない。「ごめんね」とアイツは言った。ごめんね、由汰くん。突き飛ばしたの、あたしなの。  封印されていた記憶が一気に蘇った。頬が引き攣り、唇が震えて、全身に鳥肌がたった。何も喋ることができず、ただ呆然としている俺に、アイツはベッドの脇に花束を置くと、唇を左右にめいっぱい引いて、「ニイッ」と笑った。  何匹もの黒い毛虫が、背筋をウゾウゾと這いあがってきた。  このことは誰にも話していない。誰かに打ち明けたところで証拠は無いし、余計に酷いことになりそうな気もする。アイツはヤバイ。マジでヤバイ。退院した俺が久しぶりに推理研の部室に顔を出すと、笹木先輩と水樹が仲良く話し込んでいた。部員たちはすっかり洗脳されていて、笹木先輩に至っては俺とアイツの関係を、「運命的に再会した相思相愛の幼馴染」と勘違いする始末だ。俺がどんなに水樹を嫌がっても、過去の極悪非道ぶりを訴えてみても、それらは全部、恥ずかしがってる俺のポーズに過ぎないと解釈され、逆に俺と水樹の仲を取り持とうとするばかりだった。  四月の事件以降、水樹はこれといって嫌がらせをしてこなかったが、俺の不安は少しも薄らぐことはなかった。そして江戸釜先輩からこの山荘の集まりに誘われたとき、これは笹木先輩の誤解を正す絶好のチャンスだと思った。大学の構内だと、アイツが聞き耳を立てている気がして安心できない。アイツに邪魔されない場所で、じっくりと話し合えば、きっとわかってもらえるはずだ。で、あわよくばその先まで進んじゃったりなんかしちゃって。  それが全部、吹っ飛んだ。俺は結局、アイツから逃れることができないんだろうか? 「冗談じゃねえええええ、ぞ!」  俺は車を停めて助手席に置いたビニール袋をつかむと、勢いよくドアを開け、荒れ狂う雨風の中を玄関へとダッシュするのだった。  リビングに戻ってみると、彰吾がいなくなっていた。江戸釜先輩に訊ねると、なんでも仕事の関係で徹夜続きだったらしく、酔いの回りが早くて気分が悪くなったのだという。兄妹そろって体調不良とはご愁傷様だ。 「はううー、麻闇くん麻闇くん。ありがと、ごめんね、おつかれさまー」  笹木先輩が声をかけてきてくれた。俺はソファに腰かけると、買ってきたものをローテーブルに並べていく。 「ついでに麓の街まで行って、ちょっと買い出してきました。薬屋はやってなかったから、代わりにコンビニで、飲み物とか、レトルトのおかゆとか。それからこれ。チョココルネなんすけど、たしかアイツの好物だったんすよ。今はどうだか知りませんけど……」 「アレー、麻闇くん?」 「え? なんすか?」  笹木先輩のトローンととろけたような表情を見て、俺は自分の失敗に気づいた。 「ち、違うっす! こ、これは、別にアイツのこと心配してるとか、そんなんじゃなくて、こう、条件反射っつうか、脊髄反射っつうか、株式会社っつうか! ああっ、先輩、お願いだからそんな目で、『うんうん、おねーさんは全部わかってるよー』みたいな顔をしないでください!」  浦駕さんはすでに風呂から上がっていた。最初は見た目といい話し方といい、なんだか暗くて陰気そうなヤツに思えたけど、風呂で暖まって元気になったのか、今は割と勢いよくしゃべっている。驚いたことに、どうやら彼も推理小説好きだったようで、江戸釜先輩の『ノックスの十戒』万能論に的確なツッコミを入れていた。  最近の新人作家は、名前も作品もまったくわからないと恐縮する浦駕さん。そこから島田荘司すげーよ、読むのが追いつかねーよ、とか口々に言い合い、栖川さんが、そういえば先月、講談社ノベルスから新人作家のデビュー作が出たんですけど、それがとても面白かったんです、というふうに話がどんどん広がっていった。  やがて俺の存在に気づいた浦駕さんは、慌てて立ち上がると「それでは私、これでおいとまさせて頂きます」とぺこぺこ頭を下げたが、江戸釜先輩が「そんなの駄目だにゃー、もう少しゆっくりしていくにゃー」と引き留める。押し問答はしばらく続いたが、アルコールの入った江戸釜先輩の駄々こねモードに勝てるものなど存在しない。結局、浦駕さんが折れた。 「それでは、電話を貸していただけますか。妻に遅くなることを伝えたいんです。こんな夜半に一人きりでは心細いでしょうから」  浦駕さんは玄関脇の電話を使うために、リビングを出た。  リビングに残ったのは、江戸釜先輩、笹木先輩、栖川さん、それから俺の四人。誰もお風呂に入ってないのはまずいですね、という話になったが、肝心の江戸釜先輩は既に酒が入って動かなくなっていたため、笹木先輩が入ることになった。部屋に戻って着替えを取ってきた笹木先輩は、「それじゃあ、お先にー」と満面の笑みでリビングを出ていく。  ふと栖川さんを見ると、なにか気になることでもあるのか、考え込むような表情をしている。どうかしたんすか、と声をかける。 「いえ、たいしたことではないんですけど。浦駕さん、たしか山を下りようとして、ガソリンが無くなったと、そう言っていましたよね」 「そういえばそうでしたね」 「奥さんは別荘で待ってるわけですから、麻闇さんと同じで、なにかを買うために麓に下りて、また山荘へ戻ろうとしていたんだと思います。こんな大雨の夜に、わざわざ麓まで下りるということは、例えば暖房の燃料とか、ないと困る重要なものが足りなくなったんじゃないかなって。だとしたら、別荘で待っている奥さんはとても困っているはずです。それなのに急いで帰ろうともせず、電話一本で済ませてしまうのが、なんだか少し、変に思えたんです」  栖川さんは、フフフ、と微笑んで、こんなこと考えるなんて、私も推理小説の読み過ぎですね、と言った。俺は適当に、きっと夫婦仲が上手くいってないんすよ、と答えた。  事件が起きたのは、それから十分くらいしてだった。栖川さんがキッチンに立った後、今度は江戸釜先輩が「おしっこ」と言って席を立ち、リビングから廊下へ出ようとする。 「江戸釜先輩、そっちは玄関のほうッスよ! トイレはこっち、こっち!」  俺が慌てて声をかけた瞬間、いきなり明かりが消えた。もう、真っくらくらの真っ暗やみ。外が雨なものだから、わずかな月明かりが窓から差し込むこともない。 「停電ね」と、キッチンから戻ってきたらしい栖川さんの声。 「ごめんなさい。私、ホットミルクを飲もうと思って、電子レンジをセットしていたんです。きっと他に誰か、電化製品を使っていたのね」 「誰ですかね。浦駕さんがエアコンでも使ったかな?」 「玄関の辺りには暖房器具はありませんから、それはないですね」 「あ、なるほど。えっと、ブレーカーはどこですか?」 「キッチンです。うーん、手探りで戻らないと」  暗闇の中を立ち上がると、俺は栖川さんの声がするほうに、そろそろ歩いていく。ドサクサにまぎれて栖川さんに抱きついたら気持ちいいだろうなーなどと妄想しながら。  馬鹿者! どこからか神様の声がした。壮大なギリシャの大神殿を背景に、白髭を生やした神が背後に後光をきらめかせながら立っている。この浮気者が、お前には水樹というラブリーな関係の女子がいるではないかー! ちがうわー! 俺は神にドロップキックした。俺が好きなのは笹木先輩だっつーの! 神のくせに間違えんじゃねーよ! ドーパミンがドバドバと脳みそを駆けめぐる。全身が震えて汗が噴き出す。決断せよ俺! 短い人生においてこんな美味しいチャンスは二度と巡ってこないかもしれないぞ! いやでも、俺は女たらしなんかじゃねーし、基本的には笹木先輩一筋なんだし! 静まれ、俺の野生! 戦え、俺の理性! 目覚めよ、俺の紳士魂ッ! そんな脳内劇場。  結局、何度も転びそうになりながらキッチンに辿りついたところで、蛍光灯が瞬き、明るくなった。栖川さんがブレーカーのスイッチを入れたのだ。俺の葛藤は意味なしですか。  リビングに入ると、浦駕さんが戻ってきていた。玄関側のドアの前に、江戸釜先輩がしゃがみ込んで頭をグルングルン回していたので、首根っこをひっつかんでソファまで引きずる。しばらくして、湯上がりの笹木先輩が戻ってきた。 「こ、こ、こ、怖かったよー! お風呂で中島みゆきの『時代』を歌ってたら、急に真っ暗になるんだもん! なになになに、なにがあったのー!」 「ブレーカーが落ちたんすよ。ただ、原因はよくわからなくって。彰吾か水樹のどっちかが、エアコンでも使ったんだと思うんですけど」 「あ! それってドライヤーかも! 水樹ちゃん、なんか凄いパワーのドライヤー持ってきたって言ってたよ! 百万馬力だって!」 「えーっと、百万馬力って、何ワットすか?」  まあ、とにかく電気が回復すれば問題なしということで、俺たちはそれ以上、原因を追及しなかった。笹木先輩と入れ替わりで栖川さんが風呂に向かう。残った俺たちは、あらためて推理小説談義に花を咲かせることにした。 ■ シーン4 虹村水樹がいなくなり、森の中で見つかること  時計を見上げると、十時半になるところだった。 「ねえ麻闇くん、いっぺん、水樹ちゃんの様子、見に行こうよ」  笹木先輩がそう誘うので、俺はしぶしぶ頷いて廊下に出る。笹木先輩が先に歩いて、水樹の部屋の前に来ると、「こんこん」と口で言いながらドアをノックした。しかし、反応がない。「寝てるんじゃないすか」と俺が言って、先輩も「そうみたいだねー」と応えながら、何気ない仕草で腕を伸ばして、ドアノブをつかんだ。  ギイッ、と小さな音がして、思いがけずドアが開いた。俺と先輩は顔を見合わせてしまう。不意打ちのキスの後、閉じたドアの向こうでガチャリと鍵がかかった音を、俺はたしかに聞いている。先輩がそっとドアを押し開けて、首を伸ばして部屋の中をうかがう。それから、アレレ、と声をあげた。麻闇くん、いないよ。水樹ちゃん、いないよ。  二人で室内に入る。ベッドサイドのランプが弱々しい光を放っていた。ベッドは、空っぽだった。トイレにでも行ってるんですかねえ、と声をかけると、笹木先輩はベッドの掛け布団をめくり、ガバッと倒れ込んだ。平泳ぎするみたいに両手でシーツを撫でさすり、顔を押しつけて匂いを嗅いでいる。 「麻闇くん麻闇くん、変だよ変だよ。水樹ちゃんの温もりが全然残ってないよ。ほら、麻闇くんもやってごらん」 「謹んで遠慮させていただきます」 「おかしいよ。トイレに行ってるだけなら、まだベッド、あったかいはずだよ。それなのにこのベッド、冷たいんだよ。水樹ちゃんの匂いもしないし。どうしたのかな。心配だよ、フガフガ」  俺はカーテンを引いて窓を見た。夕飯前に確認したときと同じで、鍵はちゃんと施錠されていた。ガラスの向こうに、離れにある風呂の明かりが見えた。今は――栖川さんが風呂に入っているはずだ。念のため、屈みこんでベッドの下を覗いてみる。誰もいない。笹木先輩が衣装戸棚を開けてみたが、ここにもいない。他に、アイツが隠れられそうなスペースはない。  廊下に出ると、ひとつ隣りの、彰吾の部屋の前に立った。ドアをノックする。返事はない。もう一度、ノック。今度は強めに。ドアノブをつかむ。鍵がかかっていて、ガチャガチャと不快な音がする。イライラして、ドアを蹴りつけた。  するとようやく、「いま出るから」と彰吾の声がして、さらに一分ほどして、寝巻き姿の彰吾が顔を出した。如何にも「直前まで寝ていました」という顔だ。 「水樹は、水樹はどこだ!」  俺がそう問い詰めると、彰吾は首をかしげた。妹がどうかしたのか? 俺は無言で彰吾を脇に押しやり、部屋の中に踏み入った。衣装戸棚を開けて、ベッドの下を覗く。後ろで笹木先輩が事情を説明している。水樹ちゃん、見ませんでしたか。部屋にいないんです。そう問いかけられても、彰吾は困ったように、自分はずっと寝てたから、と答えるだけだった。  彰吾の部屋を出る。心はもう、決まっていた。まず隣りの空き部屋に入って、室内を確認する。いない。また隣りの部屋。次々とドアを開けて、人の隠れられそうなスペースを虱潰しに探す。 「麻闇くん麻闇くん、顔が青いよ、大丈夫? 心配なんだね? 水樹ちゃんが急にいなくなったから心配なんだね? あたしも心配だよー、どこ行ったのかな……って、キャー! 麻闇くん、そっちは女の子のトイレ!」  いない。どこにもいない。どの部屋も窓の鍵は締まっていたから、外に出たわけでもない。リビングに戻ってみると、風呂から上がった栖川さんが、江戸釜先輩、浦駕さんと雑談をしていた。笹木先輩が手短に事情を説明すると、江戸釜先輩が首をひねった。 「それはおかしいなりね。吾輩はずっとリビングにいたぞろよ? いや、途中でおしっこは行ったけど、そのときは笹木さんが残っていたなり。ここの別荘の構造上、窓から出たのでなければ、リビングを通らないと外には出れないはずぞなもしー」  江戸釜先輩の指摘に、栖川さんがハッと息を飲む。推理小説ファンの俺たちだ、きっと同時に、同じ言葉を思い浮かべたに違いない。天外消失。密室からの人間消失。  とにかく、別荘の中にいないのがたしかなら、外を探してみるしかない。浦駕さんはそろそろ森川荘に戻るつもりだったようだが、事情を知り、捜索に参加してくれることになった。三人ずつ、二組に別れる。俺は、笹木先輩と江戸釜先輩と、山荘の北側を。栖川さんと浦駕さん、彰吾の三人は、南側を。二次遭難を避けるため、あまり遠くへは行かないこと。三十分経ったら、一度山荘に戻ること。そんなふうに段取りを決めて、雨の中を別れた。  幸い、雨は小降りになっていた。浦駕さんは玄関で干してあった雨合羽を身につける。傘立ての傘だけでは数が足りなかったので、俺は栖川さんに聞き、離れの風呂にあった置き傘を取ってきた。懐中電灯の心もとない明かりを頼りに、暗い森の中をさまよう。 「車は全部あったから、歩いてるならそんな遠くへは行ってないはずなりね。考えてみると、森の中にはいないかにゃ? 道路を歩いて、山を下りよーとしてるのかも」 「どうでしょう? ちょっと森の中を散歩しようと思って、迷ってしまっただけかもしれません。あの子、ちょっと面白い子ですから」  ちょっとどころじゃねえよ、と強く思ったが、なぜか声には出せなかった。喉の奥になにかが詰まっているようで、言葉が音にならない。  苛立ちと、恐れと、不安が入り混じった、複雑な気分を味わいながら、ふと、視界の隅に赤いものが映って、ドキリとする。懐中電灯の明かりを向けてみると、樹の根元にビニールかなにかが落ちているらしかった。なんだ、驚かせやがって。安堵した俺が懐中電灯の向きを変えようとしたとき、光の輪の中に突然、人の顔が現れた。  顔。青白い顔。瞼を閉じた、おかっぱ髪の少女の顔。  笹木先輩が「キャッ」と小さく悲鳴をあげた。俺は傘を放り出して、枝をかきわけて走った。水樹は、眠っているように見えた。降り注ぐ銀色の雨、木の根元に横たわる赤いレインコート、襟首から覗く黒いワンピース、白い手足に白い顔、暗黒の森で眠る白雪姫。  あと少しで指先がその頬に触れる。そう思った瞬間、後ろから肩をつかまれた。振り解こうとして、手にしていた懐中電灯を落としてしまう。 「なんだよ! 離せ! 離せっつの!」 「駄目だ、麻闇、落ち着くんだにょろ!」 「違う! 違うんだ! こいつ、寝たフリしてるだけなんすよ! 俺を騙そうと、死んだふりで俺のこと騙そうと」 「ま、ま、麻闇くん、江戸釜先輩、見て! 見て見て見て! そこ! そこそこそこ!」  笹木先輩の声に、俺はハッとなった。落とした懐中電灯が、木の幹を照らしている。そこには何か、文字のようなものが刻まれていた。これは、アラビア数字の……「5」……「5」だ。数字の「5」に見える。  手足から力が抜けて、へなへなと尻餅をついてしまう。江戸釜先輩がそっと水樹に歩み寄った。レインコートの胸元に、ボタンのついたポケットがあった。よく見ると、不自然に膨らんでいる。江戸釜先輩は指を伸ばしてボタンを外し、ポケットの中から何かを取り出した。それは小さなメモ用紙だった。よく見えないが――そこにはどうやら、平仮名が数文字、書かれているようだった。  アラビア数字と平仮名、ふたつのメッセージを現場に残す、謎の連続殺人鬼。  その名は『メッセンジャー』。 「警察に、連絡せんと」 江戸釜先輩が小さく言った。 ■ シーン5 各自、身の潔白を主張し、探偵役が閃くこと  リビングに全員が集まっていた。栖川さんたち三人も、既に水樹の遺体を確認している。彰吾は魂が抜けたみたいに、うつろな目で宙をみつめていた。栖川さんが、死因は胸を刃物で刺されたことによるショック死だろう、と言った。赤いレインコートは水樹の私物で、刃物による傷はレインコートにもワンピースにもあった。つまり、レインコートを着ている上から刺されたらしい。『メッセンジャー』によるこれまでの犯行同様、遺体の周辺を探しても、メモと数字以外の遺留品は見つからなかった。  専門ではないものの、栖川さんは一応、死亡推定時刻を見立ててくれた。午後八時から午後十時の間。俺たちは、誰が促すでもなく、その時間帯に何をしていたかを、話し始めた。 「ずっとリビングにいたけど、停電があったときだけ、お風呂に入ってたよ。九時二十分ころから、九時五十分くらい? その間だけ、アリバイないですー」と、笹木先輩。 「九時頃からずっと、部屋で寝ていました……」と、彰吾。 「十時より少し前にお風呂に行きましたけど、それまではリビングにいました」と、栖川さん。 「吾輩はずっとリビングにいたからなー。一人だけアリバイ完璧ってことになっちゃうにゃー」と、江戸釜先輩。 「八時過ぎにこちらにお邪魔して、その後すぐにお風呂を頂きました。お風呂から戻ったのが、八時五十分くらいだったでしょうか。停電の前後は、電話をお借りしてましたから、一人でした。九時二十分から四十分ころまで、ですかね」と、浦駕さん。  最後に俺。「エート、八時十分ころかな? 浦駕さんの車にガソリンを分けに行って、ついでにレンタカーを飛ばして麓のコンビニまで。往復一時間はかかったから、戻ったのは九時過ぎッスね。その後はずっとリビングにいました。……ていうか、これって『メッセンジャー』の仕業なんだから、俺たちがアリバイ証言しても意味無くね?」  笹木先輩がハッと顔をあげた。 「そ、そーだよ! 麻闇くんの言う通りだよ! アレー? なんかこういうのって、推理小説のお約束だーっと思って、つい話しちゃった。でもここって、嵐の山荘かもしれないけど、クローズドサークルなわけじゃないし、私たちの中に犯人いるわけでもないんだから、こんなこと話さなくてもよかったんだよー」 「あ、あのー」 浦駕さんが小さく手を挙げた。 「すす、すみません。私、とりあえず森川荘に戻りたいんですが、構わないでしょーか? その、『メッセンジャー』がこの辺りをうろついてるんでしょう? 一人っきりでいる妻が、心配で心配で……警察が来ると、事情聴取やら何やらで帰れなくなるでしょうし、一度戻って、妻を連れて戻ってこようと思うのですが……うっうっ、勝手なことを言って、本当にすいません」 「それなんだけどのー」 江戸釜先輩が口を開く。 「これが本当に『メッセンジャー』の仕業なのかどうか、実はみんなに、一緒に考えてもらいたいことがあるんよー」 「なにか、おかしなところでもあるんですか?」と、これは栖川さん。 「夕食のときにも話したけど、吾輩には警察関係者の知人がいて、さっき警察を呼んだときに、そいつとも話したなりよ。で、そのついでに、第四の事件のメッセージも教えてくれなきゃ現場保存に協力してやんないぞーって、ちょっとおねだりしたなりね」 「え?」と、浦駕さんがちょっと大袈裟な声をあげる。「第四の事件なら、ニュースで報道されたのでは?」との問いかけに、江戸釜先輩が首を横に振った。 「それが、もう、じぇんじぇんダメダメなニュースだったんだなー。一週間ほど前に、佐東湯谷(さとう・ゆや)って自営業の人が殺されたんだけど、それが『メッセンジャー』の仕業だったっていうことを警察が発表したっていう、ただそれだけのニュースだったなりよー」 「つまり、平仮名メモも数字のことも、一切報道されなかった、そういうことッスか?」 「そうにょろりん。まあ、第一から第三の事件も、警察はメッセージの内容、発表しなかったからにゃー。今回も同じで、きっちり報道規制してるらしーのだ。でも吾輩は、その警察関係者の奴に、こっちで『メッセンジャー』っぽい犯行が起きていて、本物の仕業かどうかを見極める必要があるから、第四の事件の情報を教えろって、言ってやったわけにょ。どうせいつかはバレるんだしねー。とゆーわけで、第四の事件の現場に残された、メッセージを教えてもらったなり」  江戸釜先輩はそこでいったん喋るのを止め、「よろしいかにゃ?」というふうに俺たちの顔を順番に見渡した。息を飲んで頷く。 「第四の犠牲者、佐東湯谷たんの殺害現場に残されていた、平仮名のメモは『たしろこ』。きっと群馬県は嬬恋村(つまごいむら)にある人工湖、田代湖のことなりね」 「そんなまぎらわしい補足は要りません。てか、あれ? 名字の最後じゃないんすね?」 「そうなりよー。『さとう』だから『う』になるはずなのに、『こ』だったなりね」 「……第四の事件を『メッセンジャー』の仕業だと警察が断定した。これってきっと、ナイフの傷が一致したとか、他にも情報があってのことですよね。だから第三の事件まで、名字の最後の一音が平仮名メモと一致していたってのは、単なる偶然の一致だったってことに……? あれ、でも、数字のほうは当然、『4』だったんすよね?」 「いや『5』だったにょ」 「ハ?」 「だから、『5』、だったなりよ。第四の事件の数字」 「でも、第四の被害者ッスよね?」 「吾輩も聞き直したなり。でも、本当に本当、第四の被害者の元に残されていたのは、アラビア数字の『5』だったのよー」 「それじゃあ数字は、ただの通し番号じゃなかったってこと?」 「さー、わからないなり。ひょっとしたら、本当の“第四の被害者”というのが他にいて、そっちはまだ見つかっていないだけかもしれないなり。ただそうなると、平仮名のメモは四文字だから、そっちの勘定が合わなくなるぞろ」  全員が顔をうつむけて考え込む。やがて彰吾が顔を上げ、江戸釜先輩に訊ねた。 「……今回のメモはどうでした? 数字は木の幹に、『5』が刻まれてましたが」 「メモはね、平仮名で『たしろこだ』と書いてあったんよー。たしろこだ、たしろこだ」 「第四のメモと、四文字目までは一致するんだな。第四のメモは報道規制で、一般の人はまだ誰も知らないはずだ。つまり、妹を殺したのは本物の連続殺人鬼、『メッセンジャー』に間違いないってことになる……」 「ウーン、吾輩もそうかにゃーとは思うんだけど、でもでも、だとすると、『メッセンジャー』はどうして水樹嬢を襲ったにょろか?」 「……どうって、まあ、妹はちょっと変わった奴でしたから、雨の中を散歩していて、そこで目をつけられたんじゃあ……」 「駄目駄目、それはありえないにゃー。第二の被害者さんなんか、玄関先で殺されてるにょろりんよ? もしこれが無差別殺人だったなら、そんな危険な場所で殺すはずがないなり。『メッセンジャー』は明らかに標的を選んでいる、殺すべき相手を識別した上で殺しているなりよー」 「た、たしかに。いや、だけど、待ってください、そうなると……実を言うと、妹がこの集まりに参加したいと言い出したのは、今朝のことだったんです。『メッセンジャー』が最初から妹を狙っていたとしても、ここに来ることは予期できなかったはずで……」 「まさか、こんな山奥まで尾行してくるとも思えにゃーしね」  気になることがあって、俺は口を挟んだ。 「あの、メモはどこにあった紙でしたか? これまでの犯行だと、『メッセンジャー』はメモに使う紙とペンを、たしか現地調達していたじゃないですか」 「離れからです」と、栖川さんが答える。 「離れにあるお風呂、あそこの横手が小さな物置になっていて、補充しないといけないものとかを書き留める用に、メモ用紙を置いていたんです。動物の小さなイラストが入ったメモ用紙ですから、すぐにわかりました。長期間この山荘を空けるときは鍵をかけておくんですけど、今は頻繁に使うので開けっ放しですね」 「てことは、メモを書くことは誰でもできたってことッスね」 「ちょっと、麻闇くん!」  ずっと押し黙っていた笹木先輩が、急に大きな声を張りあげた。 「誰でもって、なに? 誰でもできたって、なんなの?」 「え? だから、言った通りっすよ。鍵がかかってなかったんだから、誰でも……」 「違うよ! 誰でもじゃなくて、『メッセンジャー』が、でしょ?」 「ああ……いや、でも、犯人が『メッセンジャー』だとしたら、どうして水樹を狙ったのかわからないし……そうだ、水樹がいつ、どうやって山荘を抜け出したのかもわからないっすよ。水樹の部屋の窓は、内側から鍵がかかっていたし……」 「知らないよ、そんなこと! そんなの、どーだっていい! これって、本当に起きてることなんだよ? 現実なんだよ? 水樹ちゃん、本当に死んじゃったんだよ? 殺されちゃったんだよ? なのに、どうして私たちの中に犯人がいるみたいに言うの! 犯人がどうやって水樹ちゃんを見つけたのかなんて、知りたくないし、考えたくもないよ! そんなこと、警察がやることだよ。あたし、そんな、推理小説が嫌いになるようなこと、考えたくないよ……」  笹木先輩の目に溜まった涙を見て、俺は、本気で後悔した。ああ、そうだ。今の俺は、なにかがおかしい。まるで推理小説の登場人物じゃないか。これは現実の殺人事件で、殺されたのは、直前に俺とキスをした、俺の幼馴染だってのに。  俺は笹木先輩に謝ろうとして口を開きかけたが、結局、その機会は永遠に失われてしまった。次に栖川さんが投げかけた言葉によって、遮られてしまったから。 「そうでしょうか」  全員が栖川さんを振り返る。 「本当に、そうでしょうか。笹木さん、私たちにできることは、警察に任せること、本当にそれだけなのですか?」 「だって、だって不謹慎です! あたし、夕食のときに、言ってたんです。『メッセンジャー』が次の標的を殺すの、いつだろうって。不謹慎全面解禁だって、すごくはしゃいでたんです! あたし、殺された人の家族の気持ちとか、全然考えてなかった。なんにもわかってなかった……」 「そうですね。遊びとしては、たしかに不謹慎でしたね。だから……真面目にやりましょう」 「真面目に?」 「ええ、真面目にです。笹木さん、さっき言っていたでしょう? これは、本当に起きていることなんだって。だからこそ、考えましょう。死んだ虹村水樹さんのためにも、残された私たち自身のためにも、考えましょう。私たちの精一杯の力で、考えてみるべきなんです」  浦駕さんが、ポカンと口を空けていた。彰吾が、江戸釜先輩が、まばたきするのも忘れたみたいに、大きく目を見開いていた。笹木先輩がなにかを考え込むように上目づかいで栖川さんを見つめて、やがて小さく頷いた。  しばらくして、誰かがポツリとつぶやいた。 「わかった」と。 「虹村水樹を殺した犯人は、この中にいる」 (解答編につづく) MYSCON8 present's 犯人当て小説『ザ・ラスト・トリック』問題編 2007.04.12 問題作成:小田牧央(*the long fish*)& 近田鳶迩(MYSCONスタッフ) *the long fish*: http://www3.vc-net.ne.jp/~longfish/ MYSCON公式サイト: http://myscon.net/