MYSCON8 - 新本格誕生二〇周年記念企画 犯人当て小説『ザ・ラスト・トリック』解答編 ・ ・ ・  「虹村水樹を殺した犯人は、この中にいる」  俺は最初、その台詞を言ったのが誰なのかが、本気でわからなかった。その中身に衝撃を受けながらも、周囲に隙なく視線を配りつつ、次なる一撃を待つ。ところがどうしたことか、江戸釜先輩も笹木先輩も栖川さんも浦駕さんも彰吾も、誰一人として先を続けようとはしない。それどころか、俺のことをじっと見つめているじゃないか。  それでようやく、俺はその言葉が、自分の口を突いて出たものであることを悟った。ヤバイ。マジでヤバイ。なにをとち狂ってるんだ俺は。大体、この中で推理小説ファン歴が一番短いのってどう考えても俺だぞ? そんな俺が、皆に先んじて真相らしきものに辿り着いちゃうなんて、あるわけねーじゃん。  ――いや、でも、ちょっと待てよ。  俺はこの別荘にやってきてから、これまでに目の前で起こってきた様々な出来事を、頭の中でトランプのカードを並べるように整理していった。あのとき、あの人がああ言って、あの人がこう答えた。ニュースが流れて、停電があって、それから――。  そうか、そういうことか。だからメモが『たしろこだ』だったのか。 「ねぇ、麻闇くん?」  笹木先輩が心配そうに俺の顔を覗きこんだ。 「まだ混乱してるんじゃないかにゃあ。すこし休ませてやった方がいいぞね」 「……いや、大丈夫ですよ、江戸釜先輩。俺、全部わかっちゃいました。水樹を殺した犯人が誰なのか。それと、謎の連続殺人鬼『メッセンジャー』が残したメッセージの意味も」 「それは本当か!」 「ほほほ、本当ですか?」  彰吾と浦駕さんが大声で聞き返してくる。  俺は黙って頷くと、皆を焦らせるように数歩だけ前に出た。そこで徐に振り返って、俺以外の五人全員が、視界の中に入ってくる位置を確保する。 「……麻闇くん、それ、本気の本気で言っているの?」  さっきのやり取りもあって、笹木先輩の声は少し涙ぐんでいた。謝罪の言葉を並べるべきかどうか迷ったけど、今は、もうそんなときじゃない。 「先輩。水樹の死を、軽々しく扱いたくないって先輩の気持ち、わかります。でも、すこしだけ、俺に時間をくれませんか。俺のこと、信じてもらえませんか」  視線が交差する。尚も無言で訴えかける。  笹木先輩は真面目な顔で、コクリと頷いてくれた。 「……うん、わかった。信じる」 「ありがとうございます」  俺は一礼だけすると、意図的に声のトーンを揚げて、右手の人差し指を突き立てた。 「それじゃまず、水樹が部屋から消えた謎について考えてみるッス。リビングには絶えず人がいたのに、誰もリビングを通っていく水樹の姿を見ていません。必然的に、水樹は窓から外に出たと考えられるッス」  早速、彰吾が噛みついてくる。 「窓から? それはないんじゃないかな。ホラ、窓は内側から鍵がかかっていたわけだし。どちらかと言ったら、停電のときの方が怪しいだろう」 「そうだにゃあ。こう、真っ暗になったところを、ダーッと」 「いいえ、そもそも停電が起きたのは、ほかの電化製品の使用と、栖川さんの電子レンジのタイミングが、たまたま重なったせいッスよ? ただの偶然にすぎないんす。その瞬間を狙って、誰にも気づかれずにリビングを駆け抜けるなんて、まず無理ッス」 「ほかの電化製品……あ、そういえば水樹ちゃん、凄く強力なドライヤーを持ってきていたよ。それじゃないかな?」 「いや、妹は風呂に入っていないんだから、ドライヤーを使う理由がない」 「あれ? そういえばそうだね。エート、それじゃ、エアコンかな?」 「それもどうだろう……大体、自分のせいで停電になったんだったら、様子を見るために部屋から出てくるんじゃないか? 僕が思うに……水樹はきっと、あの停電を利用して、『メッセンジャー』に連れ去られたんだ。停電が起きた理由はわからないが、とにかく水樹はあの瞬間、リビングに入ってきていたに違いない。すこし休んで、体調が回復したのかもしれないな。そして同時に、『メッセンジャー』もまた、玄関側のドアからこのリビングに侵入していたんだ」  オイオイ、なんだよそのムチャクチャな推理は。栖川さんなんてちょっと呆れてるじゃないか。俺は速攻で否定する。 「いーや。それじゃ駄目だね」 「何故だ?」 「あのとき、リビングの玄関側には江戸釜先輩が寝転んでたんすよ。玄関では浦駕さんが電話をかけていました。侵入者や、外に出て行く人間がいたとしたら、どっちかは気づきますって。浦駕さん、江戸釜先輩、どうですか?」 「うんにゃ、全然だにゃー」 「……そうですね。いなかったと思います」  自信満々に頷いた江戸釜先輩と、首を傾げながらもとりあえず肯定してくれる浦駕さん。いや、どっちかっつったら、アルコールで酔っ払った江戸釜先輩の方が自信無さげにするべきっしょ。どうでもいいけど。  尚も反論しようとする彰吾だったが、栖川さんが「わたしも麻闇くんの意見に賛成です」と俺の味方宣言をしてくれたせいか、悔しそうに黙りこんだ。ざまぁみろ。 「でも、それだと鍵はどうなっちゃうの? 窓には内側から鍵がかかっていたんでしょ?」 「わかってます。つまり必然的に、あの部屋の窓の鍵は、水樹以外の誰かが、水樹が窓から外に出た後でかけた、ということになるッスよ」 「ごにょごにょごにょーん。ちょっと待ち給え、麻闇くん。するとなにかね、『メッセンジャー』は、水樹嬢の部屋の窓からこの山荘内に侵入してきて……ひょっとして、まだこの中にいるってことかなもし?」 「ええっ、ウソでしょう? やだやだ、怖いよぅ麻闇くん」 「な、なるほど。だから麻闇さんは先ほど、『犯人はこの中にいる』、と」 「いやいや、それは違うッスよ、浦駕さん。水樹がいなくなった後、人が隠れられそうなスペースは俺が虱潰しに調べています。水樹が部屋に戻ったとき、あいつが部屋のドアに鍵をかける音を、俺と笹木先輩が聞いてるッス。ところが次に様子を見に行ったとき、ドアの鍵は開いていました。このことから、水樹と犯人の行動経路が推理できる。部屋にこもった水樹は、理由はさて置き、自分の意思で窓から外に出た。このとき、ドアに鍵はかかったままッス。それからしばらくして、犯人が水樹の部屋に忍び込み、内側から窓の鍵をかけた。で、ドアの鍵を開けて、廊下に出たわけッスね。その犯人が廊下に出た後どこに行ったかというと、逃げる経路も、隠れる場所もないわけですから、まだここにいるんすよ」  俺はそこまでを一気に説明すると、リビングの中央を横切って、ゆっくりとソファに腰を下ろした。 「……水樹を殺した犯人は、俺たち六人の中にいるんだ」 「うーん、言ってることはわかるけれども、ちょっと推理が恣意的すぎやしないかね」 「でもこう考えると、停電の原因も説明できるんすよ。さっき彰吾が、風呂に入っていない水樹がドライヤーを使うはずがないって指摘しましたよね。でも、俺はやっぱりドライヤーは使われたと思うんすよ。ただし、使ったのは水樹じゃない。犯人です」 「犯人が? なんのために?」  「水樹の部屋に、窓から忍び込んだ痕跡を消すためッス。犯人が窓から忍び込んだとき、外は激しい雨だった。ひさしはあるけど、窓の周辺はどうしたって濡れてしまう。犯人はそれを乾かすために、ドライヤーを使ったんです。それが偶然、栖川さんの電子レンジとかち合っちゃって、ブレーカーが落ちた」  彰吾は少しも納得できないといった様子で、再び反論してくる。 「……なんのためにだ? いや、犯人じゃない。妹だ。妹は何の理由があって、窓から外に出たりしたんだ? そりゃあ、あいつはちょっと変わった奴だったけど、外に出たいなら、普通に玄関から出ればいいじゃないか」 「それはそうですね」 「そのことは、ひとまず脇に置きましょう。ただ、犯人としては、水樹が自分から窓の外に出たとは思われたくなかった。だから最後に、窓の鍵を閉めてから部屋を出たんです。そしてその結果、密室からの人間消失なんていう、おかしな謎が生まれてしまったんすよ」 「……あっ! ひょっとして、私と麻闇くんが、水樹ちゃんの様子を見にいったから? それで、麻闇くんが水樹ちゃんを探したから?」 「そうッス。十時半ごろに、俺と笹木先輩で水樹の様子を見に行きました。ノックしても返事がなくって、ドアノブを握ったら鍵が開いていた。部屋の中は空っぽでした。ここで俺が、多分トイレにでも行ってるんだろうと諦めていたら、人間消失なんて謎は発生しなかった。ところが俺は、即座に家捜しを始めた。結果、水樹が山荘内にいないことが、犯人が予定していたよりも遥かに早く発覚してしまったんす。水樹の不在発覚は、本当は翌朝になるはずだったんすよ。深夜になれば、リビングの人々はそれぞれ個室に戻っていく。水樹はその後で、普通に玄関から出て行ったことになるはずだった」 「なるほどねー。たしかにそうなっていたら、犯人は外部犯ということになっていたかもしれないにゃー。麻闇くん、君って意外と頭切れるんだにぃ、ちょっとだけ見直したぞな」  江戸釜先輩が珍しく褒めてくれたので、俺はちょっとだけ心が軽くなった。 「麻闇くん、ちょっといいかしら?」  北欧美人の栖川さんがそう言って律儀に右手を挙げる。 「今の推理、私はとても論理的だったと思う。でも、その推理では水樹さんの遺体に残された、メッセージの謎が解けない。『メッセンジャー』事件で、第四の被害者に残された平仮名のメモと、水樹さんの遺体に残されたメモとでは、四文字目までが一致しています。第四の被害者が公表されたのはついさっきで、メモの内容はニュースには流れませんでした。私たちには四文字目を知る手段がありません。犯人が『メッセンジャー』ではなく、私たちの中にいるというのなら、どうやって四文字目を一致させたのでしょうか? ……警察の報道規制を掻い潜った、なんて答えじゃあ、駄目ですよ」 「そそそ、そうですよね。ホードーキセー、ですよね。麻闇くん、やっぱり、私たちの中に水樹ちゃん殺した犯人がいるなんて、あるはずないよ!」  栖川さんに続いて、浦駕さんも控えめに挙手をした。 「……あの、わたしもそう思います。皆さんとは、知り合ってからまだ間もないですが、お友達のために泣くことができる、立派な方ばかりじゃないですか。ないですよ、そんなこと」  その台詞に白けた空気を感じながら、俺はそれでも自信を持って断言した。 「……いいえ。それでもやっぱり、犯人は、俺たちの中にいるんすよ。そして、もうひとつ。連続殺人鬼『メッセンジャー』もまた、この山荘にいるんだ」 『ええっ?』  数人の驚きの声が、偶然にも重なった。心の片隅に小さな優越感が生まれそうになるのを、鷲掴みにして握り潰す。こんなのは推理でも何でもない。ただ単に、俺自身が被害者だから、たまたま他の人より先に真実を知ることができたに過ぎない。いい気になるなよ、俺。 「……それ、本気で言っているのか? 僕たちの中に、あの連続殺人鬼がいるだって?」  彰吾の声に、殺気に近いものが籠められているのを感じた。敢えて無視して先を続ける。 「それじゃあ次に、メッセージの謎を考えてみるッス」  俺はローテーブルの上の見取り図とペンに手を伸ばすと、紙を裏っ返して、そこに『たしろこ』と書いた。栖川さんと彰吾がテーブルの反対側に、浦駕さんが俺の右斜め後ろに回って、ソファの隣りには笹木先輩が――座ってくれない。江戸釜先輩が勢いをつけてダイブしてきた。ああもう、空気読めよな、このオッサンはよう! 「下手な字だにゃー」 「放っておいてください。いいですか、これは第四の被害者の現場に残されていたというメモです。よく見てください。この『たしろこ』って、逆さに読むと、『ころした』になりますよね?」 「ああっ、ホントだにゃー!」 「もちろん、これだけじゃあ意味不明ですよね。でも俺は、これが実は、もっと長いメッセージの一部なんじゃないかって思ったんす。誰それが殺したって文章の、後半部分なんじゃないかって」 「な、なるほど。その、可能性はありますね」  背後から浦駕さんの声。 「それじゃあ、文章の前半部分はどこにあるのか。俺は、そこに数字が関係しているんじゃないかと思いました。数字は、ただの通番じゃない。そして江戸釜先輩が指摘したように、『メッセンジャー』は殺す相手の名前をちゃんと調べている。意図的に名前を選んでいるんすよ。そこで閃きました。名前と数字を組み合わせればいいんじゃないかって。試しにこれまでの被害者の名前から、数字番目の文字を抜き出してみます」  俺は『ころした』の下に、被害者の名前を書き出していった。  第一の被害者、高田武史(たかだ・たけふみ)、数字は『1』、一番目の文字は『た』。  第二の被害者、鮎樫鉄也(あゆかし・てつや)、数字は『2』、二番目の文字は『ゆ』。  第三の被害者、横見路青史(よこみろ・せいし)、数字は『3』、三番目の文字は『み』。  第四の被害者、佐東湯谷(さとう・ゆや)、数字は『5』、五番目の文字は『や』。 「……そして、第五の被害者、虹村水樹(にじむら・みずき)の数字は『5』、五番目の文字は『み』です。江戸釜先輩、続けて読んでください」 「なになに、『たしろこ、たゆみやみ』? なーんじゃあ、そりゃー」 「違いますよ、逆です、逆さに読んでください」 「あ、そっか。えーと、『みやみゆた、ころした』? なーんじゃあ、そりゃー」 「みやみゆた、ころした、みやみゆた、ころした……えっ? まやみゆた、が、ころした?」 『ええーっ!』  小声でメッセージを繰り返していた笹木先輩が、とんでもない方向に内容を捻じ曲げたせいで、再び声が重なる。今度のは、ほとんど絶叫だ。視線が一斉に俺に集中した。 「ウッソー、麻闇くんが犯人だったの!?」と笹木先輩。 「随分と手の込んだ自白をするのね、麻闇くん」と栖川さん。 「……畜生、こいつは意外だったぜ。まさか、朗々と推理を語っていた一見して探偵役が、実は犯人だったとはな……」と彰吾。 「いや本当に、意外でしたねー」と浦駕さん。 「ごにょごにょごにょーん。麻闇くん、君には失望したぞな!」って、うるさいよもう!  なんなんだ、この「麻闇の推理はどうも間違ってたみたいだから、実は冗談でした、みたいな感じでフォローしてあげよう」っていう有耶無耶な雰囲気は! 「ちょ、ちょ、ちょっと、違いますよ! 俺じゃないッスよ! ホラ、ちゃんと読んでくださいよ。出来上がったメッセージは『みやみ・ゆた』、俺は『まやみ・ゆた』で、一文字違うじゃないですか。後半部分も、『が・ころした』じゃありません。平仮名のメモは『たしろこだ』なんだから、逆から読んだら『だ・ころした』でしょう?」 「それはアレなりよ、『が・ころした』の、ちょっとカッコイイ言い方版なりよ。DA・殺した。なんか外国の殺し屋さんみたいぞなー」  うわあ。マジ殺してえ。 「違いますって。マジで俺じゃありませんって。ただ……」 「ただ……なに? やっぱり、俺がやりました?」  嗚呼、笹木先輩、貴女までそんなことを。泣いちゃいますよ、俺は。 「だーかーらー。そうじゃなくて。ただ、『メッセンジャー』が作ろうとしていた本当のメッセージは、きっとそうなんだと思います。『まやみゆた・が・ころした』……このメッセージを残すことこそが、『メッセンジャー』の目的だったんすよ」 「……『メッセンジャー』の目的?」 「そうッス。この事件に『メッセンジャー』が関わっていて、それでこの『みやみ・ゆた』というのが、俺と一文字違いだっていうのは、ちょっと偶然が過ぎると思うんすよ。『メッセンジャー』が名前に『ま』が含まれている人間を殺して、現場に『ま』の順番の数字を残したんだったら、まだ納得がいきます。ところが殺されたのは、名前に『ま』が入らない虹村水樹だった。『メッセンジャー』の目的が『まやみ・ゆた』だったと仮定して、どうして最後の一人に限って法則に当て嵌まらない人間を殺したんでしょうか?」  俺の問いかけに小首を傾げながら、潤んだ目で見つめ返してくる笹木先輩。これが謎解きの最中じゃなかったら抱き締めちゃうんだけどなあ。江戸釜先輩も、彰吾も、浦駕さんも、黙りこんでしまって返事がない。応えてくれたのは、やはり栖川さんだった。 「ひょっとして……メモが一文字、違っていることが関係ありますか?」 「え、なに、どういうこと?」 「さすが栖川さん。仮に第五の被害者が『まやま・まままる』という名前だったとしても、完成するメッセージは『まやみゆた・だ・ころした』で、いまいち意味が通りません。それじゃあ、『だ』の部分が『を』だったとしたらどうか。『まやみゆた・を・ころした』となりますが、見ての通り、俺は死んでません。それじゃあ『だ』の部分が、さっき笹木先輩が間違えたように、『が』だったとしたら。『まやみゆた・が・ころした』で文章として成立します。被害者の名前を間違えるというのは、まあ、ありえない話じゃない。問題はメモの方なんすよ。あのメモを書いたのが本物の『メッセンジャー』なら、こんなおかしな書き間違いをすることは、絶対にありえないんだ」 「……つまり、どういうことだ? 妹を殺したのは、『メッセンジャー』じゃないのか?」 「むーん、矛盾しているにゃー」 「……ああっ、ひょっとしたら!」  浦駕さんが何かを思いついたようだ。 「こういうことですか? 『メッセンジャー』は、実は二人いて、第四の殺人は『メッセンジャーA』の仕業で、第五の殺人、つまり水樹さんを殺したのは『メッセンジャーB』だったと」 「えー、それはいくらなんでも考えにくいにゃー。そんにゃ、連続殺人鬼が複数犯だったなんて、聞いたことないなり」  江戸釜先輩に思いきり否定されて、しゅんとなってしまう浦駕さん。そうッスね。俺も聞いたことないッス。ひょっとしたら数年後に、そういう推理小説が出るかもしれませんけどね。 「……今の麻闇くんの推理が指し示す答えは、ひとつだと思います」 「えっ、栖川くん、わかったのかね」 「麻闇くん、わたしが言っても構わないかしら?」  栖川さんの鋭い視線に貫かれて、俺はゴクリと唾を飲みこんだ。そうか、俺の推理はやっぱり間違っていなかったんだなと確信する。黙って頷いた。 「それじゃあ麻闇くんに代わって、わたしが言わせていただきます。『メッセンジャー』の正体は……水樹さんだった。虹村水樹さんが、連続殺人鬼『メッセンジャー』の正体だったんです」  『     』  今度は、誰も声を発しなかった。すこし時間を置いて、彰吾が「……はあ? ちょっと、なんだよ、それ」と力無く反応するのが精一杯だった。 「水樹さんは『メッセンジャー』として、この別荘で誰かを殺そうとしていたのだと思います。そのために体調不良を装って自室に閉じこもり、誰かが不意に訪れても大丈夫なよう、ドアの鍵をかけた。あらかじめ遺体に添える平仮名メモを用意して、窓から出てていった。ところがそこで、予想外のことが起こります。水樹さんは殺害目標から思わぬ抵抗を受けて、逆に殺されてしまったんです」  彰吾が「ああ……」と低い呻き声を挙げる。 「水樹さんが狙っていたのは、名前に『ま』が入っている人間だったはずです。この中で名前に『ま』が入るのは『まやみ・ゆた』の麻闇くんと、『ささき・ますみ』の笹木さん、それから『えどがま・らんぽ』の江戸釜くん、この三人だけです」 「た、たしかにそうだにゃー。で、犯人は停電のとき、水樹嬢の部屋に忍び込んでドライヤーを使ったんだから、停電のときにアリバイが無かった人物ってことになるにゃー。てゆーか、そもそも水樹嬢がドライヤーを持ってきていたことを知っていた人物となるとー?」 「……え? あ、あたしですか!? エーッ! あたしが犯人だったのー!? うそうそうそ、嘘ですよね? ちちち、違うのー! 私、水樹ちゃんを殺してなんかいませんー! ホントです、ホントにホント、麻闇くん、江戸釜先輩、お願い信じて!」 「信じます」 「麻闇くん、それはちょっとズルいにゃー」  すいません、つい、反射で。 「ドライヤーは、水樹さんがあらかじめ荷物から出しておいたのだと思います。水樹さんは目的を果たした後、窓から自室に戻るつもりだったでしょうから、濡れた服を乾かすために予め用意していたとしても不自然ではありません。犯人はタオルで雨を拭うことも考えたでしょうけれど、たまたま水樹さんのドライヤーが目に入ったので、そちらを使うことにした」 「ですよねー、良かったー」  俺も良かったです、笹木先輩。 「なによりメモの五番目の文字、『だ』が、どこからやってきたのかという疑問が残ります。水樹さん自身が『メッセンジャー』だったわけですから、水樹さんを殺した犯人は当然、本物の『メッセンジャー』ではありません。しかし水樹さんが『メッセンジャー』に殺されたと誤認されるよう、メモと数字を偽装しようとした。数字が『5』だったのは、わたしたちがそう思っていたように、数字は殺害の順番だと思い込んでいたからでしょう」  ウンウンと同時に頷いている江戸釜先輩と浦駕さん。俺は顔を俯けたまま、栖川さんの後を継いで説明を続けた。 「犯人は水樹に襲われ、必死に抵抗して、逆に殺してしまった。そして、水樹が『たしろこが』と書かれたメモを持っていることに気づいた。文字数は五文字。第四の被害者が公表されたというニュースは、俺たち全員が知っていました。ああ、そうか、この子があの『メッセンジャー』だったのか。犯人はそう思ったことでしょう」 「ふむふむ。それで?」 「犯人と言いましたが、実際のところ、これは正当防衛です。リビングにいる俺たちを呼んで、事の次第を説明すれば、その人は罪には問われない。ところがその人はそうしなかった。水樹が『メッセンジャー』という事実を隠蔽し、逆に水樹が『メッセンジャー』によって殺されたことにしようと考えた。そして、新しいメモを作ったんす。聞いたところによればメモの文字は、被害者の名前の、名字の最後の一文字らしい。それならこの『が』を『だ』に書き換えてやれば、万事オーケーのはずだ」 「うみゅみゅ? いやいや、なんでそこで『だ』になるのよ。水樹嬢の名字は『虹村』ぞよ? 『ら』でないとおかしーでしょ」  江戸釜先輩がもっともな疑問を口にする。顔を挙げると、彰吾も同じように眉間に皺を寄せながら腕組みをしている。ふう、これだけ言ってもまだ白状しないつもりか。大状際が悪いったらないぜ。  それじゃあ仕方がない。これで終わりにしよう。 「その人は、勘違いをしていたんすよ。水樹の名字を、兄である宇多田彰吾と同じ『宇多田』だと思っていたんす。そういう人物が、この中に一人だけいます。その人は、始めにこの山荘に辿り着いたとき、初対面の数人から自己紹介を受けました。まず最初に江戸釜先輩が。それから彰吾が。俺と笹木先輩、水樹はリビングの奥の方にいたから、彰吾が紹介してくれたんだよな」  突然の指名に、彰吾はあからさまに動揺する。 「ああ……そうだったかな」 「なんて言ったか、憶えているか?」 「え? あれ、なんて言ったかな」  彰吾はその場で足踏みをすると、両手で頭を押さえて懸命に記憶を掘り起こした。 「……ああ、ああ、思い出した。えーと、たしか、『あそこに立っているのがK大学の学生さんで、笹木真澄さんと、麻闇由汰くん。横のおかっぱ頭が、妹の水樹』……って、あああッ!?」 「そう。彰吾は水樹のことを『妹』だと紹介して、名字は口にしなかった。彰吾は婿入りして名字が変わっているけれど、水樹は『虹村』のままだ。だけどそんな事情を知らないその人は、水樹の名字も当然、『宇多田』だろうと思い込んでしまったんすよ。そうですよね、浦駕さん?」  遠くで雷鳴が響いた。 「……そうです。わたしが、虹村水樹さんを殺しました」  浦駕さんは神妙な顔つきで上着の胸元に手を入れてると、内ポケットからなにかを取り出した。ゴトン。テーブルの上に置かれたのは、透明なビニール袋に包まれたナイフだった。刃先に布が巻きつけてあり、その端が赤黒く汚れている。 「これが凶器です。勿論わたしが用意したんじゃなくって、彼女がこれを持って襲ってきたんですよ。ですが、例え正当防衛とはいえ、水樹さんを殺してしまったのは事実です。取り返しのつかないことをしてしまったと思っています……本当に、申し訳ありませんっ!」  そう言うが否や、浦駕さんはその場にしゃがみこんで土下座をした。おでこが床にピッタリと張りついた、それはもう、見事なくらいの土下座だった。  俺は周囲の反応を伺う。笹木先輩は、まだ目の前で起こっていることの意味を完全には把握し切れていないようで、ポカンと口を開けている。彰吾は憤怒と憐憫が入り混じったような複雑な表情で突っ立っている。栖川さんは凛とした姿勢を崩していない。そして江戸釜先輩は、目の前の犯人にはまったく興味を示さず、視線を頭上に彷徨わせながら、何かを思い出そうとしているようだった。しばらくして、「あー、そーにゃのか」と気の抜けた声で言った。 「『メッセンジャー』の第五の標的、本当は吾輩だったにょろね」 「えっ、なんでですか?」 「だってほら、水樹嬢の部屋からなら、離れにあるお風呂が見えるなりよ。初めは吾輩が一番風呂の予定だったからねー。水樹嬢は、離れの風呂の明かりが点いたのを見て、我輩が風呂に入ったと勘違いしたんじゃなかろーか。実際には身体が冷え切っていた浦駕さんに譲ったわけだけれども」 「んんん? これで全部、つじつま合ってるの? うーん、わけわかんないよー」  笹木先輩が頭を抱えている。 「ちょっと整理してみるにょろ。  まず大前提。水樹嬢は、連続殺人鬼『メッセンジャー』だった。被害者の名前と数字、そして平仮名のメモを組み合わせて、『麻闇由汰が殺した』というメッセージを作ろうとしてた。そのためには、第五の被害者として名前に『ま』が入ってる人物が必要だった。その標的に吾輩を選び、離れの風呂に入っているときに襲うつもりだった。  ところが浦駕さんの急な来訪で、風呂に入る順番が狂ってしまった。水樹嬢にしたら、ナイフを振り上げてみたものの相手が吾輩じゃなかったんで、ちょっと混乱したのかもしれないなりね。そして、その隙を突かれた。浦駕さんにナイフをもぎ取られて、逆に刺されてしまったなり。水樹嬢は返り血を浴びても大丈夫なよう、あの赤いレインコートを着たまま襲いかかった。だからナイフはレインコートの上から刺さっていたなりな。  浦駕さんは酷く混乱して、だけどそこで、水樹が用意していたメモの存在に気づいた。そのメモを見て、水樹が『メッセンジャー』であることにも気づいたわけね。……あ、そっか! 水樹嬢のメモ、『たしろこが』の最後の文字が、『うらが』の『が』と一致するなりよ! だから浦駕さんは、余計にメモの法則が『名字の最後の一文字』だと思ってしまったなりねー。それで浦駕さんは、すっかり自分が殺人鬼の標的として選ばれたのだと思い込んでしまった。  しかし、相手が殺人鬼とはいえ、人ひとりを殺したというのは、ちょっと大変なことだにゃあ。面倒はごめんだと思った浦駕さんは、それならいっそのこと、水樹嬢が『メッセンジャー』の標的になって殺されたことにしようと思いついた。物置にあったメモ帳で新しいメモを作って、そんで……離れに置き傘があったにょろね? その傘を使って雨を避けながら、死体を森の中に運んだなりな」  俺は「数字もお忘れなく」とさりげなくフォローしてやる。 「おお、そうだったにょろ。ナイフで木の幹に数字を刻んだ。水樹嬢の部屋は、このローテーブルの上の見取り図を見ればわかるなり。水樹嬢が窓から出てきたことがバレてしまうと、彼女が『メッセンジャー』だったってことが勘づかれてしまうかもしれないなり。それを恐れた浦駕さんは、電話を借りるフリをして玄関から外に出た。玄関には自分が着てきた雨合羽があったから、それを身につけて水樹嬢の部屋に回り込むと、窓から侵入して鍵をかけた。床が雨で濡れたので、ちょうどあった水樹嬢のドライヤーを借りて乾かしていたら、急に停電になった。大慌てでドアの鍵を開けて、廊下からリビングに戻った。雨合羽は畳んでポケットにでも入れておけばいいなりね。後でどさくさに紛れて、玄関に戻しておいたと。  ……ああ、そういえば、あれは最初からおかしかったなりな。停電のとき、誰も吾輩の横や上を通らなかったはずなのに、玄関脇にいたはずの浦駕さんが、明かりが点いたときにはもうリビングにいたなり。あれは浦駕さんが、どこか別のところから別荘内部に戻ってきたという確固たる証拠だったなりな」  酔っ払った江戸釜先輩の証言だけじゃあ、信憑性に欠けますけどね。 「うっうっう、スミマセンスミマセンスミマセン……」  驚いたことに、江戸釜先輩の長講釈の間、浦駕さんは土下座の姿勢を少しも崩さなかった。海より深く反省しているようにも見えるが、少々、演技臭い感じがしないでもない。そんな浦駕さんを、彰吾は苦しげな表情で見つめている。まあ、無理もない。妹が連続殺人鬼に殺されたと思っていたら、実はその妹こそが殺人鬼で、殺した犯人は正当防衛だったんだからな。  江戸釜先輩はチラリと浦駕さんを見て、それから深いため息を吐いた。 「ふみゅう。やーれやれ、これで一件落着なりね……。浦駕さん、警察来たら、自分から刑事さんに申し出ないとダメなりよー? 自分がやりましたー、自首しますーってね」  彰吾は顔を伏せると、江戸釜先輩の提案に同意するように小さく頷いた。 「は、は、はい! スイマセンスイマセン、私、もう、ホントになんて言ったらいいのか!」  そのときだった。栖川さんがスッと、小さく手を挙げた。 「……江戸釜くん、ちょっと待ってもらえるかしら?」 「はにゃ?」 「浦駕さん。ひとつだけ、お訊ねしたいことがあります」 「は、はい! なんでもお答えします!」  わずかな沈黙があった。考えをまとめながら、慎重に言葉を選んでいるようだ。そうして栖川さんは、きっぱりとした口調で言った。それは紛れもない断罪の言葉だった。 「正当防衛を隠蔽した……本当の理由はなんですか?」 「ハイッ?」 「なにを言ってるなりか栖川くん、だから浦駕さんはー」 「江戸釜くん、黙って」 「はい」  栖川さんって、江戸釜先輩の後輩なんじゃないっけ? どんだけ弱いんだ、この人は。 「そ、そ、そそそそそ」  浦駕さんの黒目が、左右同時にぐるりと回転した。 「ですから、それは、相手があの最狂最悪の連続殺人鬼『メッセンジャー』だったとはいえ、人をひとり死なせてしまったという事実が、わたしのような小心者には重すぎて……」 「奥さんに、金魚の餌を夕食に出された、と仰っていましたね」  今にも泣き出しそうだった浦駕さんの表情が、急に凍りついた。背筋がゾクリとする。栖川さんの表情から、慈愛に満ちた暖かみの一切が無くなっていた。その声にはただ、末期癌を宣告する医師の無情さだけがあった。 「答えてください。浦駕さん、貴方は何をされようとしていたんですか? 貴方は先ほどから、ご自分の山荘に戻ろうとされてましたよね。森川荘に一人でいる奥さんが、『メッセンジャー』に襲われないか心配だから、いったん戻ってやりたいと。だけど浦駕さん。連続殺人鬼がもうこの世にいないことは、貴方が一番よくご存知だったはずです。奥さんが『メッセンジャー』に襲われる心配なんて必要ないことを、あなただけは知っていたはずです。……ナイフを内ポケットに隠して、奥さんが待つ森川荘に戻って、貴方は一体、何をされようとしていたんですか?」  栖川さんの口から呪文のように流れる言葉が、突然の猛吹雪のようにリビングの空気を凍てつかせていく。浦駕さんは肩をブルブル震わせて、顔を蒼くして、そのまま床にめりこんで粋そうなくらいに背を丸めている。俺は、思わず呟いた。 「なるほど……そういうことかよ……」 「えっ、なに、どういうことなの?」 「つまり、相手は既に四人もの命を奪っている連続殺人鬼ッス。正当防衛が認められ、情状酌量で刑が軽減される可能性は、かなり高い。つーか確実に無実ですよ。だけど浦駕さんは、その道を選らばなかった。そのかわりに、連続殺人鬼のナイフを持って、自分の別荘に戻ろうとした。そしてそのナイフで……『メッセンジャー』に便乗しようと考えたんだ。浦駕さんは、奥さんを、第六の犠牲者として――」  そのときだった。  彰吾が浦駕さんに歩み寄ると、いきなり拳を振るった。  殴られた浦駕さんの小柄な身体が吹っ飛び、床に崩れ落ちた。江戸釜先輩がソファから跳ね人形みたいに動いて、彰吾の背中に飛びつき羽交い締めにする。しかし彰吾は止まらない。ヒイヒイと声をあげながら、四つん這いで逃げる浦駕さんを追いかけて、馬乗りの姿勢になると、二度三度と拳を打ち下ろす。 「や、やめて、やめて……わた、私だって、好きで殺したんじゃないんです!」  両腕で顔を庇いながら、浦駕さんが叫んだ。その大声に彰吾の動きが鈍り、その隙を突いて江戸釜先輩が彰吾を浦駕さんから引き剥がす。  しばらくの間、彰吾と浦駕さんのゼエゼエという荒い呼吸音だけがリビングを支配した。それが済むと、今度は浦駕さんがすすり泣きしながら、恨み言を口にし始めた。 「……うっうっうっ、も、もういやだ! こんなのはいやだ! 今日だって、浴室の電球が片方切れたから、麓まで買ってこいと命令されて。別に今晩中でなくたっていいはずなのに、妻はたかが電球一個のために、私を山荘から追い出したんだ! ガ、ガソリンは途中で無くなるし、雨は冷たいし、ここに来てやっと落ち着けるかと思ったら、いきなり見ず知らずの女の子に殺されそうになるし! ……いやだ。いやだ、もういやだ、たくさんだ! どうしてわたしばっかり、こんな理不尽な目に合わなきゃならないんだ!」 「うるさい、黙れ!」  俺は立ち上がった。ローテーブルの上のビニール袋をつまみあげて、ゆっくりと彰吾に近づく。彰吾は不思議そうな顔で俺を見上げた。 「ほら」  ビニール袋を差し出した。凶器のナイフが入ったビニール袋を。 「どうぞ」  わけがわからないという顔で、ナイフと俺の顔を交互に見る彰吾。 「どうぞ」 「いや、麻闇くん、僕は、別に……」 「憎いんだろ。水樹を、妹を殺した奴が、憎くて仕方ないんだろ。だったら、使えよ。ガキの喧嘩じゃねーんだ。お前なんかのパンチで殺れるわけねーだろ。サクッとやれよ、サクッと」 「違うんだ、麻闇くん、僕は、そんな」 「黙れよ。これ以上、俺をイライラさせんな、このボケが!」  俺の恫喝に全身をビクッと震わせた彰吾の姿が、やけに小さく見える。 「……まったく、妹が連続殺人鬼で、死んだ理由が正当防衛じゃあ、いくら憎くたってどうしようもないもんな。それがどうだ、相手側にも多少の負い目があるとわかった途端、責任転嫁に走りやがって。お前は昔からそういうやつだよ。本当は計算高くて、悪魔的な妹とそう変わらないくらいズル賢いくせして、これっぽっちも自覚がない。自分は『妹想いの優しい兄』なんだってことを、心の底から信じてやがる。他のやつにとってはどうだか知らないが、俺にとっては、クズだ。最低のクズ野郎だよ!」 「ち、ちがうんだ、麻闇くん。僕はそんなこと、考えていない。本当なんだ。浦駕さん、すまない、悪かった。ただ、思わずカッとなってしまって」 「いいから黙れっつーの!」  言葉よりも先に足が出た。  爪先が顎にめりこんで、彰吾は床の上に仰向けになった。浦駕さんがヒッと声をあげて後ろに飛び退く。江戸釜先輩はただじっと俺の顔を見ていた。  笹木先輩が悲鳴を挙げた。衝動的な笑いが込み上げてくる。俺は顔を歪ませ、右の掌を頬に押しつけた。全身が熱かった。ドロドロと熱く爛れたものが俺の内部に渦巻いていた。 「麻闇くん……」 「ほうらね。俺の言ったとおりじゃないっすか。水樹は俺のことなんか、好きでもなんでもなかったんだ。迷惑をかけてやる、酷い目に遭わせやる、そんなことしか考えてなかったんすよ。最近は、前みたいに悪戯をしかけてくることもなかったから、ちょっとは安心してたんですけどね。その結果がこれっすよ。まさか、連続殺人鬼の濡れ衣を着せるつもりだったとはね! こいつはスゲーや、史上最高のブラックジョークだ。笑えねー、全然笑えねーッスよ。はは、ははは、はははははははは!」 「ち、ちがうよ、麻闇くん。水樹ちゃんは、ホントに、麻闇くんのことが好きで」 「ちがわないッスよ。百歩ゆずって、あいつが本当に俺のことを好きだったんだとしても……俺はゼッテー認めねえ。好きなら何やっても許されるのかよ! そんなのゼッテーありえねえ!」  絶叫していた。  絶望していた。  全身全霊をかけて虹村水樹を憎みたいのに、心の奥底でそれに反発する何かがあることを、ハッキリと自覚してしまっている自分自身に。  最後の最後の悪戯が、最低、最悪の悪戯だった。  脳裏に、水樹の日本人形みたいに白い顔が蘇えった。その顔が唇を左右にめいっぱい引いて、俺に「ニイッ」と笑いかけて、そしてフッと消えた。 ・ ・ ・  ――それからしばらくして、警察がやってきた。浦駕さんは結局、自首という扱いになった。マスコミが押し寄せて、俺の周辺はゴッチャゴッチャになって、平穏を取り戻すことができたのは、事件から二ヶ月も経ってのことだった。  江戸釜先輩は一時的に元気を失くしていたけど、すぐに復活して編集の仕事へと戻っていった。事件のことを本にするんじゃないかと心配したけれど、意外なことにその辺の分別はちゃんとあったようだ。  笹木先輩は推理研を辞めることこそなかったけれど、俺とはあまり喋らなくなった。先輩だから俺より先に大学を卒業して、OBとして部室を再訪することもなかった。俺とニャンニャンな関係になることも、最後までなかった。  栖川さんとはあれ以来、一度も顔を合わせていない。事件後に一度だけ、推理研の部室に顔を出したそうだけど、あいにく俺はバイトがあって、そのチャンスを逃してしまった。  彰吾のことはよく知らないが、どうやら離婚して、虹村姓に戻ったらしい。浦駕さんの裁判には、俺も証人として呼ばれた。もちろん浦駕さんの弁護をするためにだ。ちょっと意外だったけど、奥さんとは別れなかったらしい。傍聴人席に、彰吾の姿はなかった。    時が流れた。二十一世紀を迎えて、インターネットと携帯電話が普及した。  俺はその中で、大学を卒業し、就職をして、出世をして、結婚をした。子供ができた。社会的な立場を考えて行動するようになった。推理小説はほとんど読まなくなっていたが、アンテナだけは伸ばしていた。そのうち、栖川さんか江戸釜先輩のどちらかが作家デビューするんじゃないかと思っていたからだ。  そのおかげで、面白いことを知ることができた。事件から十年近く経った1998年、講談社のメフィスト賞という企画モノの賞から、なんと高田崇史という筆名の作家がデビューしたのだ。三年後の2001年には同賞から佐藤友哉という作家が。また三年後の2004年には、同賞から辻村深月という作家もデビューした。  俺が大笑いしたのは言うまでもない。これで二〇年前の『メッセンジャー事件』に関連する死者は、その全員が「推理作家と一文字違いの名前」になったわけだ。勿論、後づけだけれど。あの事件が今現在に起きていたら、きっとややっこしいことになっていたに違いない。  そういえばメッセンジャー事件で最初の被害者が出たとき、俺は病院のベッドで寝てたんだよな。新歓コンパの帰り道に、水樹に背後から突き飛ばされたんだ。入院中にちょうど天皇誕生日があったけど、あのときは元号が昭和で、天皇誕生日は四月二九日だった。今の元号は平成で、天皇誕生日は一二月二三日。十二月に新歓コンパをやるような酔狂な大学が存在しないとは言い切れないけれど、少なくともうちの大学は違った。だからあれは、間違いなく二〇年前の出来事だったわけだ。  それが何年後、何十年後になるかはわからないけれど、いつかは俺も、あの事件を思い出のひとつとして、誰かに語ることができるようになるかもしれない。  そのときは、事件の起きた年代を敢えて隠すのが面白いかもしれない。ちょうどあの年に、栖川さんが「面白かった」と褒めていた、講談社の新人作家のデビュー作品が皮切りとなって、『新本格ミステリ』という新たなジャンルが生まれたそうだ。その新本格というやつには、この手のトリックが多いそうだからね。    そういえばこの『新本格ミステリ』、今年で二〇周年記念を迎えるんだけど―― (終わり) MYSCON8 present's 犯人当て小説『ザ・ラスト・トリック』解答編 2007.04.29 問題作成:小田牧央(*the long fish*)& 近田鳶迩(MYSCONスタッフ) *the long fish*: http://www3.vc-net.ne.jp/~longfish/ MYSCON公式サイト: http://myscon.net/